ヒロシマの日と広島アンデルセン

投稿日:

十年ほど前の一時期、広島に住んでいました。

普段の広島は気候が温暖でとても便利な地方の大都市という感じでしたが、8月6日だけは被爆地ヒロシマに戻り、TVもラジオも一変して、朝ドラの放送時間も変わりました。

家にいても周囲の雰囲気や空気が前日までとは全く違ってピリッと重くなったように感じ、そう感じることにびっくりしたことをよく覚えています。

これは普段の写真です。右手奥に原爆ドームが見えています。

原爆ドームを近くから。

広島時代、私がよく通っていた本通りにある広島アンデルセンは、元々帝国銀行(旧三井銀行)広島支店でした。爆心地から360mと近距離ながら西洋ルネサンス様式だった建物の壁の一部や地下の金庫は無事だったそうです。写真は被爆直後の物で、Wikipediaより。

原爆の記録を残す貴重な建造物として、産業奨励館(現原爆ドーム)と帝銀のどちらを残すかで議論が交わされたとも。最終的に原爆ドームを残したため、再び銀行として修復された後、老朽化により銀行が移転したため、1967年(昭和42年)にタカキベーカリーが買い取って、全面リニューアルと被爆建物の修復を行った後、広島アンデルセンを開店したということだそうです。

以前、広島アンデルセンに掲げられていた被爆建物の説明板

広島アンデルセンでは数年前から耐震問題等で建て直し工事を行っており、先週1日にリニューアルオープンしました。

被爆壁の耐震補強に関する構造的問題をクリアするため、広島市と協議を重ね、今回は被爆壁を切り取って新たな建物の一部に組み込む形で残したとのこと。これにより市公認の被爆建物として登録継続となったそうです。

いつかまた広島に行く機会があったら、新しくなったアンデルセン(写真はアンデルセンサイトより)を見てみたいと思います😄

9件のコメント 追加

  1. nikonikomaison より:

    KYOさん、広島情報ありがとうございます。私も広島を出て、8月6日と9日の意味、この日に対する気持ちの持ちようが別の都市では違うということにちょっとびっくりしました。こんな狭い日本なのに、と。でも、逆に関東大震災のことなんかは私たちはあんまり知りません。また日本の外に出てみると、日本ではあまり詳細に取り上げられず、聞いたこともなかったり(勉強不足というのも大いにあるけど)することが山ほどあって、まあ何もかもを知るのは無理なんですが、他にも大変なことがもうあちこちで起こっていたし、起こっているんだって改めて思います。それにしても子供の頃に植え付けられた習慣のせいで、8月になると原爆のこと、原爆の悲劇に会われた人たちのことを思い、ちょっと寝苦しい日々になります。
    それにしても、早く再オープンしたアンデルセンに行ってみたいです。

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    1. KYO より:

      nikomaisonさん、コメントありがとうございます😊
      夏になると、戦争とお盆の話が増えるのは当然として、もう一つ、日航機墜落関連のニュースも取り上げれられます。群馬県は墜落現場になった御巣鷹山が身近なせいか、他県より報道の仕方が手厚いなーといつも思います。
      広島と言えばお墓の派手な飾りも忘れられません。お盆前にスーパーで見かけて、その時はお祭りに使うのかなーと思っていましたが、まさかお墓に設置するとは。知った時は驚愕しました。
      地域あるあるですね。

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      1. nikonikomaison より:

        KYOさん、そうでした、日航機墜落事故。そもそもあの事故のことはすごく鮮明に覚えているし、少し前に読んだ山崎豊子さんの「沈まぬ太陽」で詳細を知り、衝撃を受けたのでした。
        広島のあのお盆の飾り!そんな時期なんですね。あれ、うちの先祖のお墓のある山間部では全く見ない習慣なので、広島人でもびっくりしますよ😲

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  2. 洋子 より:

    そういう歴史のある建物でしたか。
    リニューアルしたとのことですが
    立派な建物ですね。
    中もゆったりしていそうで。

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    1. KYO より:

      洋子さん、コメントありがとうございます😊
      広島に行く前に広島出身の友人に色々聞いた限りでは、広島の人のアンデルセンへの気持ちは「ちょっとおしゃれをしていく素敵なところ」というものでした。
      地域への取り組み方を見ても、それにふさわしい会社だと思います。
      保存料などは一切使わず、きっちり焼き上げているパンが多いです。
      市販しているパンと同じ物を作れたことで、自分でそれが分かって、ますますアンデルセンのパンが好きになれたのは幸いなことでした😊

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  3. がんちゃん より:

    私は長崎出身なのでカタカナ表記の意味を殊更に感じます。被爆地にとって原爆が投下された日は特別な日ですので…実際、原爆投下日は登校日になっていて原爆教育を受けるのが当たり前だと思っていたので全国的な取り組みではなかったと知った時は驚きました。
    ところで…
    アンデルセンさんといえばグループ企業にタカキベーカリーやリトルマーメイド、トランドールがありますが、四国のウィリーウィンキーは取り扱っているパンの系統が似ているのに違う会社のようで…四国へ行かれることがありましたらぜひご賞味くださいませ。

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    1. KYO より:

      がんちゃんさん、コメントありがとうございます😊
      そうですね、長崎もですね。
      以前言ったかも知れませんが実は私も長崎生まれです。生後半年で転居し育ったのは神奈川ですが。九州には親戚も沢山いるので、他人事ではありません。
      私が子供の頃の神奈川県では関東大震災の記憶を絶やさぬよう防災意識の徹底と訓練は欠かしませんでした。関東大震災は東京がクローズアップされがちですが、実際の震源地は相模湾と山梨側との複数個所で同時多発的に発生したものなので、神奈川県民(と静岡伊豆地方)の地震に対する危機感は昔から半端ないものでした。311の被害も相当なものでしたが、その5倍以上もの死亡者があの地震で出ていたことを思うと、気持ちはよく分かります。
      学校の座布団は防空頭巾で毎年防災訓練もきっちりしていて、消防車や起震車まで学校に来ていました。千葉や埼玉の友人は全然しなかったと言っていたので、この手の行動は地方自治体単位で行われることがよく分かりますね。
      ウィリーウィンキー、初めて聞きました。なるほど、名前はアンデルセン童話からとっているんですね~。こまかなパンのラインナップを見ると、街のパン屋さんらしい品揃えもあり、地域に根付いていることが伺えますね。機会があったら尋ねてみたいです😄。

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  4. wakasahs15th より:

    広島にお住いだったんですね。広島とヒロシマがあるんですね。今朝の厳粛な式での二人の小学生の挨拶に、どの挨拶よりも感動しました。こんな悲惨な事が起きないように世界で保有する核を早く全て無くさないと行けませんね(^_^)

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    1. KYO より:

      wakasahs15thさん、コメントありがとうございます😊
      「ヒロシマ」は被爆地として世界に名前が広がったという意味での「HIROSHIMA」の意です。
      普段、広島の人がこういう使い分けをしている訳ではありませんので、念のため😅。
      広島を離れる前、一緒にスクールに通っていた若い女性と一緒にお好み焼きを食べながら「まだ原爆資料館に行ったことが無い」と打ち明けると「それは是非行くべき」と背中を押されました。
      行きたいとは思っていましたが、ひとりで行くのはちょっと。。。と白状すると、「学生以来だなー」と言いながら、一緒に行ってくれました。そんな人々のいる広島です。

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