2月後半の春一番が吹いた日、久しぶりに江ノ島まで行って来ました。
左の弁天橋を渡れば江ノ島です。

久しぶりに小田急で行きました。
小田急江ノ島線の片瀬江ノ島駅は龍宮造りを模した特徴的なデザインの駅舎です。

電車で江ノ島に行く場合、最寄駅は3つあります。
一番近いのがこの小田急江ノ島線の片瀬江ノ島駅で、島に渡る弁天橋(先の写真)までなら、徒歩で1~2分。駅から江ノ島まででも10分ほどです。
一方、江ノ電の江ノ島駅と湘南モノレールの湘南江の島駅はもう少し陸側に入った場所にあり、駅から江ノ島までだと徒歩20分弱はかかるので、ご注意ください。
江ノ島に一番近いのは、江ノ電の江ノ島駅ではなく小田急の片瀬江ノ島駅なので、初めて来る方は混乱するかもしれません。
余談ですが、江ノ電江ノ島駅のかつての駅名は片瀬でした。小田急が江ノ島で開業する2カ月ほど前になって、いきなり江ノ島駅に変えたそうです。
江ノ島という駅名を使えなくなってしまった小田急は、江ノ電が捨てた片瀬を足して、片瀬江ノ島駅になりました。江ノ島もですが、片瀬海岸も目の前にあるので、無理のない命名ではありました。
ということで、弁天橋の左側は片瀬東浜海岸です。

この辺りまで来ると、条件反射というか何というか、ついついサザンを口ずさんでしまいます。
GW辺りから夏にかけての干潮のタイミングになると、陸繋砂州(トンボロ)が現れるので、江ノ島まで歩いて渡ることが出来ます。
干潮のタイミングは藤沢市観光公式ホームページに毎年掲載されるので、詳細はそちらを参照してください。
閑話休題
弁天橋を渡ると江島神社の青銅鳥居が見えてきます。弁財天仲見世通りです。

仲見世通りを通る途中、お土産を物色しつつ、買い食いするのがお約束です。
湘南名物のシラスを使ったあれこれや、地ビールやジュース、お饅頭やお団子など色々ありますが、私が個人的に好きなのは、生ダコをその場で焼く「丸焼きたこせんべい」です。

焼きたてを熱々のまま渡されるので、アチチと言いながら、指を離しつつ持ってます。(親指に注目)
薄く下味をつけた生タコに小麦粉をまぶし、そのまま丸ごと2~3匹鉄板にのせ、プレス機で潰しながら丸焼きにしています。目の前で焼いているので、お店の周囲に香ばしく焼けたタコの良い匂いが常に漂っており、行けばすぐに分かります。匂いにつられて買う人も多いのではと。
人気店なので結構並びますが、数名でガンガン焼いているので、それほど長くは待たないだろうと思います。
海老丸ごとやシラス入りもあるので、みんなで買って分けるのもありですね。
私は久しぶりだったので写真の大たこ(千百円)にしましたが、通常のたこせんはこの半分サイズで五百円です。オットはにんにくの効いた大人の焼きたこにしてました。

ちなみに「江ノ島」と書くのは昔からの書き方で、石碑や小田急、江ノ電がこのタイプです。
「江の島」と書くのは現在の住居表記から来ています。住居表記が変わったのが1966年だそうで、そのタイミングで開業した湘南モノレールの駅名は「湘南江の島駅」となっています。
変更から既に半世紀以上たっている訳ですが、我々のような年代の人間や、小田急・江ノ電沿線の住民は、慣れてしまっているので「江ノ島」を使いがちなのではないかと思います。
一方、神社は「江島」と書きます。神社にある千年前の文献も「江嶋縁起」です。やや混乱するかと思いますが、書き方はそんな感じで分かれていますが、どれを使っても通じるので問題はありません。
江島神社 の公式サイトにあった江島神社境内マップ の画像を転載させて頂きました。神社だけでなく島全体も俯瞰できます。

機能を使いたい場合には江島神社境内マップへ
江島神社は辺津宮、 中津宮、奥津宮の 三社からなり、海の神・交通安全の神として信仰されています。
また、天女と五頭龍の伝説(552年)に基づき弁財天が岩屋に祀られた経緯を描いた縁起書が江島縁起(1047年)として編纂されたことにより、以降、水の神である弁財天(天女)と龍神(五頭龍)への信仰も厚く、金運や芸能の神としても信仰されています。
ざっくり千五百年と歴史が長いだけに、仏教習合や廃仏毀釈なども含め、かなりごちゃごちゃしているので、江島神社公式ページによる説明を以下に引用します。
ご祭神は、天照大神が須佐之男命と誓約された時に生まれた神で、三姉妹の女神様です。
・奥津宮の多紀理比賣命(たぎりひめのみこと)
・中津宮の市寸島比賣命(いちきしまひめのみこと)
・辺津宮の田寸津比賣命(たぎつひめのみこと)
この三女神を江島大神と称しています。古くは江島明神えのしまみょうじんと呼ばれていましたが、仏教との習合によって、弁財天女とされ、江島弁財天として信仰されるに至り、 海の神、水の神の他に、幸福・財宝を招き、芸道上達の功徳を持つ神として、今日まで仰がれています。福岡の宗像大社や、広島の厳島神社と御同神でもあられます。
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前置きが長くなりました。実際のお参りへ進みます。
仲見世通りを抜けると、朱の鳥居と瑞心門があらわれます。瑞心門は竜宮造りの楼門です。

ここから上へ上へと階段を登りつつ、順にお参りして行くのが一般的な参詣ルートです。
と言いつつも、もう一つ、弁天橋から島の最奥まで一気に船で行くというルートもあります。我が家は当初、この船ルートで行く予定でしたが、あまりの強風で船が欠航してしまい、使えませんでした。とほほ。。。
なお、瑞心門の左側には江ノ島エスカーという名のエスカレーターが設置されています。有料ですが、体力に自信の無い方や足腰が弱い方、もしくは最短時間で観光したい方などには嬉しい施設だと思います。
今回、我が家は迷わずエスカーを使いました。初エスカーです。
2月中、江ノ島全体でちょうど湘南の宝石というライトアップイベントをやっていたので、行く前にイベント券を買っており、これにエスカー券も付いていたので、ヤッホー!でした。
セット内容は季節ごとに色々変わりますが、かなりお得になると思うので、行く前にチェックするのがお勧めです。


エスカーを降りると辺津宮(へつみや)がありますが、その手前(辺津宮の手水舎横)に白龍池があり、江ノ島弁財天の眷属である白龍王が祀られています。銭洗白龍王です。

こちらの池でお金を洗うと金運アップのご利益があると言われています。江ノ島は龍神信仰も強く、龍の島でもあるため、辰年の今年は更に良いとも。
手水舎で手口を清めてから辺津宮(へつみや)へ向かいました。

田寸津比賣命(たぎつひめのみこと)をお祀りする辺津宮は、1206年源実朝により創建されました。巾着型の大きな賽銭袋があることでも有名です。「下之宮」とも。
神社でのご祈祷は、主にこちらで行われており、初宮詣りや厄祓いと思われる方々をたくさん見かけました。御朱印の受付もこちらにありました。
以下は次へ向かう途中、上から見た写真です。
弁天橋から仲見世通りを経て朱の鳥居まで、遥か下に見えていました。

再びエスカーに乗り、次の目的地へ。

続いては、中津宮(なかつみや)です。
市寸島比賣命(いちきしまひめのみこと)をお祀りする中津宮は、853年慈覚大師により創建されました。「上之宮」とも。

鎌倉幕府関連以外で江ノ島にゆかりのある物といえば、歌舞伎や浮世絵があげられると思います。中津宮には、歌舞伎関係者から奉納された石灯籠や手形、菊五郎の枝垂桜などがあります。それらの中から手形と、浮世絵が描かれた団扇をあげておきます。


あまり歌舞伎に詳しくない人でも、ある程度の年齢の方なら「知らざあ言って 聞かせやしょう」という名台詞を聞いたことがあるのではないでしょうか。かくいう私もこの台詞だけは知っていました。
「弁天娘女男白波」でこの台詞を吐いた「弁天小僧菊之助」は「江の島の岩本院の稚児あがり」とも言ってます。この「弁天小僧菊之助」を演じたのが五代目尾上菊五郎です。彼の演技は初演から大評判となり、その後も生涯を通しての当たり役となったそうです。
一方の歌川広重の団扇絵ですが、こちらにも岩本院が登場しています。現在も岩本楼として仲見世通り沿いにあり、道すがらであっても、かなり立派なお庭が伺えるかと思います。
「弁天小僧菊之助」が岩本院の稚児だったとある通り、もともと「岩本院」は奥津宮の別当寺「岩本坊」でした。院号を受けて「岩本院」となって以降、宿坊として利用されることもあり、将軍や諸国大名が逗留するために使われることも多かったそうですが、明治の廃仏毀釈時に「岩本楼」という旅館に変わったとのことです。先の団扇は岩本楼の所蔵品です。
また話が逸れました。お参りに戻ります。
だいぶ日が傾いて来た16時半頃、やっと奥津宮(おくつみや)に辿り着きました。

こちらの石鳥居は1182年に藤原秀衡調伏(!)のため源頼朝が寄進したと伝えられています。藤原秀衡と言えば奥州平泉の藤原氏ですね。つまり奥州平定前ということになるかと思います。
私が学生だった頃は頼朝が征夷大将軍になった年=いい国(1192)作ろう鎌倉幕府でしたが、最近は守護地頭を設置した年=いい箱(1185)が主流なんだそうですね。いずれにしろ、鎌倉幕府が始まる前の出来事だったようです。
お参りしている真っ最中に賽銭箱に白布が掛けられ始め、お賽銭を入れた直後に蓋されてしまいました。お参りは16時までとされているからだとは思いますが、お賽銭を現在進行形で入れようとしていた他の方もいる中、無言のまま行うのは如何なものかなーとも。
以下は17時半頃に撮った奥津宮(おくつみや)です。

奥津宮は多紀理比賣命(たぎりひめのみこと)をお祀りしています。一番上の姉神で、安らかに海を守る神様といわれています。かつては「本宮」または「御旅所」とも。
拝殿の天井には、どこから見ても、こちらを睨んでいるように見える「八方睨みの亀」が描かれています。(左の灯篭横に絵の写真が掲示されていました)
奥津宮の隣には龍宮(わだつみのみや)があります。

こちらには龍宮大神が祀られています。平成に入ってから建てられたそうです。
最初にお参りしようとした際には先客が何組かいたため、いったん次の岩屋へ向かいました。岩屋から戻って来た時には既に門が閉められていました。お初だったのでちと残念でしたが、また次の機会でということで。
かなり長々と買いてしまったので、いったんこの辺で締めようと思います。
ここまでのお付き合い、ありがとうございました。
次は江ノ島発祥の地、岩屋編の予定です。