三宮へのお参りを済ませた後、江ノ島最奥にある岩屋へ向かいました。
岩屋まで行くのは実は今回が初めてでした。
奥津宮から階段をひたすら下り、海岸まで来れば稚児ヶ淵です。
稚児ヶ淵は磯釣りの名所なんだそうですが、この日は海へむかって強風がガンガン吹き荒れており、岩礁の手前にあるむき出しの石階段を降りている時に何度か海側に体が持って行かれそうになりました。怖い怖い。
船着き場がこのすぐ近くにあるはずなのですが、船が欠航になったというのも納得の荒れ具合でした。
写真を撮るにしても、まず安定した足場を探し、手でスマホをしっかり支えてから、さて撮るか、という感じで、その先に降りるなんて有り得ないという感じでした。

岩屋は、稚児が淵から左側、陸から見ると島の裏側に回った場所(南側)にあり、岩屋に通じる通路には日没までの風景を撮ろうと待ち構えた人々が大勢いました。足元がやや濡れているのは、ここまで波が届いている証拠です。

第一岩屋に入るための待ち行列が長く、待ち時間が結構あったので、私も撮ってみました!



最後はちと濡れました。。。😅
・・・・・・
岩屋は海蝕洞窟です。
以下、江島神社「ご由緒」サイトより引用します。
江の島湧出については諸説ありますが、『江島縁起』では、欽明天皇十三年(552年)四月十二日の夜から二十三日の朝まで大地が震動し、天女が十五童子を従えて現れ、江の島を造ったと表現しています。このことを社伝では、「欽明天皇の御宇 神宣 により詔して 宮を島南の竜穴に建てられ 一歳二度の祭祀この時に始まる」と記しており、欽明天皇の勅命で、島の洞窟(御窟・現在の岩屋)に神様を祀ったのが、江島神社のはじまりであると伝えています。
欽明天皇は聖徳太子の祖父で、飛鳥より前の古墳時代ということになりますね。
文武天皇四年(700年)に、役小角という修験者が、江の島の御窟に参籠して神感を受け、修験の霊場を開きました。これに続き、泰澄、道智、弘法、安然、日蓮 などの名僧が、御窟で次々に行を練り、高いご神徳を仰いだと伝えられています。そして、弘仁五年(814年)に空海が岩屋本宮を、仁寿三年(853年)に慈覚大師が上之宮(中津宮)を創建。時を経て、建永元年(1206年)に慈覚上人良真が源實朝に願って下之宮(辺津宮)を創建しました。
※奥津宮は、岩屋本宮に海水が入りこんでしまう四月~十月までの期間、岩屋本宮のご本尊が遷座されたところで、江戸時代までは本宮御旅所(ほんぐうおたびしょ)と言われていました。創建年代は不詳ですが、風土記などの資料から1600年代の創建と考えられています。
ちなみに、現在の岩屋内には、ご本尊は祀られていないそうです。
岩屋は第一岩屋と第二岩屋とがあり、まず長い方(奥行152m)の第一岩屋に入りました。チケット売り場でチケットを買う人と、事前に買ったチケットを見せる人、色々でした。
最初は比較的広い空間になっていて説明パネルなどが掲示されていました。

展示の中から浮世絵を何枚かアップします。(反射で見難くてすみません💦)




そのまま進んでいくと明かりが無くなり暗くなってきます。そのタイミングでひとり一つ、無料の灯篭が手渡されました。


屈まないと先に進め無くなってきたところで、横に並んで歩くのも厳しくなるので、岩屋に来る際には、両手が塞がるような荷物は持たない方が良いかと思います。
岩屋の最奥は富士山の鳴沢氷穴に通じていると言われているそうです。
洞窟の奥から冷たい風が来ている、ということはよく分かりました。


奥は富士山の鳴沢氷穴まで
通じているとか

灯篭を貰って以降の洞窟はかなり狭い場所が多かったです。最奥は順番に代わる代わる奥を見ては次の人に交代するという感じでした。
戻って灯篭を返した後、次の第二岩屋へ向かいます。
第一岩屋から第二岩屋へ行く途中の風景がとても綺麗でした。

こちらは龍神伝説の地といわれる第二岩屋(奥行56m)です。




ここで手を叩くと龍が吠えるという「仕掛け」がありました。。。
若干、エンタメ要素が強過ぎるような。。。という感想で終了。
初めて訪れたので、どこまでが普段の設えでどこからが「湘南の宝石」イルミネーションなのか、全く分かりませんでした。
第二岩屋から出た際の夕陽。

歌川広重が描いた岩屋の様子をもう一枚。先ほど第一岩屋にあった絵より人が多めでした。

時期と天候が良ければ、岩礁に出ることは普通に出来るようです。
ご参考→鎌倉観光完全ガイド:江の島岩屋
悪天候で岩屋が観覧出来ないこともあるようなので、行く際にはご注意ください。
岩屋を見終わった後は、元来た道を奥津宮まで戻ります。
本来であれば、船で弁天橋まで行くルートもありますが、この日は強風で欠航していたので、そのまま徒歩で戻るの一択しかありません。
日が落ちるまであとわずか。写真の中央やや下に、やや丸く見えている石が亀石です。

再び戻った稚児が淵からの夕陽です。
ズームは使っていませんが、夕陽のサイズがかなり変わりました。
それまで強かった日の光が弱くなり、富士山のシルエットがやっと見えてきました。

時刻は17時半を回り、日没後には湘南の宝石ライトアップの本番に突入します。
次回はライトアップ編をお届けする予定です。